幌萌鐵道管理局   '96 臺灣鐵路紀行
 
Part.6   5/2 嘉義→台中

● 嘉義から二水へ

嘉義 809発 二水 911着 平快1516 PC(EL) 52元

 朝7時半に起床し、嘉義站へ向かう。天気は快晴。本日はローカル線の集集線へ行く為に乗換駅の二水へ向かう。そこで高雄発松山行平快車に乗ることにする。

 列車に乗り込むと冷房車で窓は固定されている。ちょっと残念。約50kmの道のりを列車は快調に走る。嘉義縣から雲林縣に入り、縣政府のある斗六で長時間停車。平日の9時過ぎなので乗客は非常に少なく、1つの車両に5、6名である。

 やがて水田・畑の中を通り抜け、約1kmの長さの彰雲大橋を渡り彰化縣に入ると間もなく二水に到着である。


● 集集線

二水 1004発 車程 1047着 柴3277 DC 32元
車程 1050発 台南 1250着 柴3277 DC 32元

 二水站の窓口にて車票を購入。ダッチングマシーンがあったが軟券であった。窓口横に集集線の時刻表が掲げられておりこちらを見ろ、との仕草。

 約1時間あるので飲料水の調達に街へ出る。站前通には日本の地方の様な商店が立ち並び、なにか懐かしさを漂わせている。その中に日本語が掲げられた店が。「CMスタヂオ」「いらしゃいませ」なんてちょっと間違ってるぞ、って突っ込みたくなる。一体何物?

 站に戻ってきて掲示板を見てびっくり。警察署からの身元不明遺体のお知らせであるが、なんと写真付。文面から老女が路上で倒れていたらしいが、写真そのものを公開するとは日本とはお国柄が違うな、と思った。

 待合室では数名の客が待っていた。そのうち中年の男性がなんか歌を口ずさんでいる。なんと「津軽海峡冬景色」である。このクソ暑い台灣でまさかこの曲を聴くとは予想外であった。

 やがて時間になり台中始発の集集線の気動車(DR2300型)が単行でやってきた。二水で2両増結し発車。と思いきやすぐに停車。運転事務所で職員を降ろして再び発車。

 列車は縦貫線と別れていかにも亜熱帯らしい景色の中をひた走る。日本の旅行社の中にはこの集集線ツアーを企画しているところもあるそうで、実に「台灣らしい」線区である。

 途中の集集站は日本時代の駅舎で桧造りの瓦屋根で築100年が経過しており、台灣でも人気があるらしい。日本でもこの手の駅舎はほとんど残っておらず、貴重な文化財である。


▲ 集集站駅舎(1996.5.2)
日本でもほとんど残っていない貴重な駅舎


▲ 集集線終点の車程站にて(1996.5.2)

 やがて列車は大きな川の濁水渓沿いに走り、ちょっとした街の水里を経て終点、車程に到着。

 車程では1本やり過ごそうかと思ったが、站を出て何にも無いことが判明。やっぱ折り返し列車に乗り込むことに。なお站は車票を売っていない。

 さて折り返しの台南行列車は定刻より5分程度遅れて発車。乗客はまばらである。やがて車長がやってきた。彼の手には日本で言う車内補充券が握られている。早速、台南までの切符と記念用の切符を買う。筆談で話しをするうちに車長も悟ったらしく、台南までの切符を2区間に分割して売ってくれた。これなら最後の1枚だけ駅員に渡せばよく、安上がりである。車長の親切な処置に感激した。

 帰路も全開の窓から顔を出し、車窓を楽しんだ。時間的に余裕があれば途中下車したいところである。次回に期待しよう。

 やがて列車は二水に戻ってきた。すると先程の車長(まだ若い)がやってきて、英語で台南へは先頭車だけ行く旨、教えてくれた。そこで車両を乗り換える。一両なのでかなりの乗車率である。

 縦貫線に入り、まず田中站へ。まるで日本人の名前みたいな駅名にちょっとびっくり。後で調べたところ、明治38年に「田中央」駅として開業。地名の由来は水田の中央部に村を建設したからで、大正9年に簡略化し「田中」に改称されたとのこと。なおこの大正9年は多くの駅名が改称されている。

 車内は途中駅からの乗客で満員に。しかし彰化で半分以上が下車した。彰化からは台中線(通称、山線)に入る。が間もなく列車は信号で停車。そして再び動きだしたかと思いきやエンスト。気動車のエンストは初体験であった。

 次第に沿線は建物が多くなってきて、列車は台灣省都の台中に到着した。


● 台南にて

 さて本日の予定として、海線と山線を制覇しようと考えた。そこで13時台の竹南方面の列車に乗ろうと考える。

 ところでそろそろ資金が乏しくなってきた。そこで台灣銀行へ向けて歩く。站から約10分のところにあり、外貨専用の窓口で両替。空港との窓口と異なり、書類を書かなくてはならず面倒臭い。

 安心したところで、站への帰り道は行きとは違う道を通って行こうとしたのだが、これがまずかった。訳の分からない市場に迷いこんでしまった。必死に歩き回ってどうにか脱出したが時既に遅く、乗ろうとしていた列車は発車した後だった。

 そこで計画を変更。一度彰化へ戻り、海線を上って山線で帰ってくることにする。お陰で優等列車を使う羽目になった。


● 彰化へ

台南 1430発 彰化 1454着 柴3283 DC 20元

 この列車、先程乗ってきた集集線の車両で、再び車程まで行くものであった。列車に乗り込むと買い物帰りのおばちゃん達と学生でかなり席が埋まっていた。

 定刻に彰化へ到着。列車を降り、ホームで写真を撮ってから遅れて改札へ行くと既に閉まっており職員もおらず困ってしまったが、後から来た駅員に見つけてもらって無事外に出れた。


● 縦貫線(海線)

彰化 1542発 竹南 1718着 復興112 PC(EL) 132元

 窓口で海線経由の復興號の車票を買う。そして時間があるので站前をぶらつく。彰化站前はきれいに整備されており、噴水やモニュメントで飾られていた。

 やがて改札が始まりホームへ向かう。ちょうど下校時間で高校生が多い。向かいのホームには高雄行の鈍行が停車している。するとその列車の車長がにこにこしながらこちらに近寄ってきた。私のカメラを見て「ニコン?」と聞いてきた。そこでハイと応えると、日本語で「いくらしましたか?」。おおぅ、この車長さん日本語が話せるぞ、ってことで今度乗る復興號の乗車位置を尋ねて教えてもらった。この車長、50歳台位で、子供の頃に覚えたと思われる日本語で一生懸命話してくれた。そのうち鉄道の話しになり車長曰く、『日本の鉄道は凄いですよ。進んでいます。「つばめ」でしたっけ(「のぞみ」のことらしい)、あれもすばらしい。みんな新しいし、やっぱり日本はいいですよ。』

 この車長さん、一番感心していたのは東京の地下鉄。あの路線の多さは確かに台灣から見れば信じられないことであろう。また昨年日本、それも北海道に行ったそうで、私が北海道出身と明かすと話しが盛り上がってしまった。

 やがて高雄行が発車となり、車長さんに「気を付けてね」とのお言葉を頂戴した。列車を見送って「いやぁ、なんかいい気分だなぁ」なんて辺りを見回すと、周りから一身に注目を浴びていることに気がついた。改めてここでは俺は外国人なんだ、と痛感。

 さて復興號がやってきて乗り込む。列車は海線に入る。車窓は水田の中を行く感じ。最初に追分站を通過。いかにも日本的な名前である。そのうち龍井站に近づいてくると黒く高く積まれた山がある。その横にはまぎれもなく石炭車が停まっている。この石炭車、日本のものとまたまた同じ格好している。思わず興奮してしまった。

 やがて苗栗縣に入り通霄站を過ぎると海が見えてくる。台灣海峡である。すると軌道の山手側には不自然な築堤が出現する。その所々には小さなコンクリート製の穴が開いている。そう、これは大陸からの侵攻を防ぐものなのである。途中渡る川の河川敷も敵の侵入を防ぐように工夫されており、ちょっとした緊張感がある。

 やがて山線と合流し竹南へ到着。


● 台中線(山線)

竹南 1756発 台中 1910着 呂光25 PC(EL) 126元

 竹南站は駅舎の新築工事中で、脇の仮設駅舎で営業している。站前はゴチャゴチャした雰囲気で、夕方のせいだろうか、人がたくさん歩き回っている。站も学生が多い。ちょっとぶらついてから站に戻る。新築の駅舎はかなり大きく奇麗である。

 竹南からは台中に戻るために呂光號を使うことにし窓口へ。ここの窓口氏はなんか間抜けな感じで、嫌々仕事をしている雰囲気が漂っていた。

 改札が始まりホームへ向かう。やがてオレンジ色の車体のB光號がやってきた。この車両、新型でなんときちんとした自動扉。これにはびっくり。車内は相変わらずゴミが多い。

 この山線は沿線が映画にもなったことがある有名な線区らしいが、すでに日も暮れかかっており、明日鈍行で車窓を楽しむことにした。

 車内でくつろいでいるうちに台中に到着。


● 台中の夜

 時間もかなり遅いので早急に宿を決めることにする。そこで站前の大きいホテル「達欣大飯店」へ突撃。フロントには女の人2名。そこで英語で話す、とこれが全く通じない。単語を分かってもらえないのである。そこで台灣初登場、あらかじめ用意しておいた台灣旅行会話集の出番となった。これを見せてすんなりことが進んだ。

 シングルには2種類あり窓がある部屋は930元、窓なしは820元とのこと(ここら辺は全て英語で用が済む)。バス・トイレともに同じということだったが、奮発して窓のある部屋を選ぶ。

 部屋は7階で、早速窓を開けてみると赤レンガ造りの立派な台中站が一望できる。これはいい。部屋の設備も揃っており落ち着ける。

 さて夜の街へ繰り出す。とりあえず腹が減ったのでどこへ行こうかと迷ったが、マクドナルドを発見し、どんなものか興味があるので入ってみた。店員の若い兄ちゃんは英語OKで、テリヤキセットを注文。日本と同じ組み合わせで出てきた。が、飲み物のストローは自分で取るところは日本と違う。また謎の調味料がついてきた。漢字で書いているもんだから、これは何物か、どう使うのか分からず辺りを観察すると隣の兄ちゃんがおもむろに開けて、お盆の紙の上に出している。これ実はポテト用のケチャップである。しかしお盆の紙の上に直接出すとは、またまた文化の違いを見せ付けられた。

 その後、色々歩き回ったが、台南站前の地下道にいた浮浪者の方々の姿が印象深い。器を差し出し頭を地面に擦りつけて必死に乞うている。これを見て日本とまた趣が違うな、なんて思ったりもした。

 そして宿に戻って休む。いよいよ明日は台鐵完乗である。

▲ 台中站駅舎 ミニ「東京駅」な感じの赤レンガ造り
站前「達欣大飯店」より (1996.5.3)


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