| 幌萌鐵道管理局 '96 臺灣鐵路紀行 | |
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Part.4
4/30 高雄→阿里山
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● 高雄から台南へ 高雄 830発 台南 733着 332 PC(DL) 50元 朝8時頃、宿を出発。路地から駅前通りに出ると辺りが白く見え息苦しい。排気ガスである。駅前は交通量が非常に多く、スクータに乗る人々はみな大きなマスクで顔を覆っている。 站では昨晩閉まっていた通勤客用の窓口が開いており硬券を売っている。そちらで台南までの車票を購入。その後朝食を取ろうと站の食堂へ向かう、とそこにはカウンターがあり駅弁と、なんと「のり巻き」が積まれている。「のり巻き」も台灣に残った日本文化である。ここは是非台灣の駅弁を経験してみたかったので、そちらを買う(60元)。で、少し時間が早いが改札をくぐりホームへ向かう。そしてベンチに座り早速駅弁をあける・・・と、味付ご飯の上に鳥を揚げものとお茶でゆでた卵等が無造作に置いてある。なんとも素朴であるが、味はなかなか。久し振りの米の飯でうまかった。
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![]() ▲ 高雄站ホームにて(1996.4.30) 右は呂光號、左が台南行普通列車
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![]() ▲ 高雄站の駅弁(1996.4.30) 台灣の駅弁はどの站で買ってもこの箱
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さてこれから乗る列車は既に入線しており最後部の車両へ向かう。最後部デッキでは2人の女の子が遊んでいたが、客車に向けカメラを構えると後部ドアから見えないように隠れてくれた。そこで礼を言ってから列車に乗り込む。台灣ではあまり鉄道にカメラを向けている人を見掛けない。彼女達は一体この日本人を見てどう思ったのだろうか。 この客車の横には白チョークで「往台南」(日本語では「台南行」となる)と書かれている。見栄えなんて関係ない、確かにこれで十分だわな、と感心してしまった。 さて列車は定時に発車。先頭のディーゼル機関車が大きな音をたてて走る。車内は空席が多く、お陰で右の座席から左の座席へと動きまわれた。 高雄から2つ目の楠梓站は貨車がたむろしている。停車中、横の貨車を見ると日本と同様に荷札が刺さっている。 列車はきれいな駅舎の岡山に到着。台灣なのに「岡山」とはまた不思議な感じを覚える。まぎれもなく由来は日本の「岡山」で、元の地名は「阿公店」で大正9年に改名されたそうだ。日本国内の地名が移植されたという点で台灣と北海道は共通するものがある。 やがて列車はゴチャゴチャした街の中へ入り、台南に到着。
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● 臺南站そして嘉義へ 台南 1013発 嘉義 1129着 平快116 PC(EL) 66元 台南站のホームを降りると何か日本的。ホームの屋根の鉄骨組みも違和感がない。改札を出ると駅前は大きなロータリになっている。飲料水の手持ちが少ないので地下道を通ってセブンイレブンへお買い物。台灣でもコンビニは街に多く、気軽で本当に便利である。 この地下道に貼り紙があった。「日本皇民台灣総統」そして「大日本皇軍砲兵中尉」と書いた李登輝総統の日本陸軍時代の写真の載ったビラである。おそらく総統選の時の外省人系反李登輝派によるものであろう。とは言っても当時の台灣人はみんな「日本人」であった訳だから、こんなビラは無意味だと思うのだが。
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臺南站の駅舎は非常に威厳があるつくり。日本時代の駅舎で地元の本によれば上野駅や小樽駅に相通ずる建物だそうだ。駅舎中も大きな木製ドアがあったりと昔の雰囲気を漂わせている。 さて次は更に北上し嘉義へ向かうことにする。丁度平快車があるので窓口で車票を購入し改札に入る。列車は間もなく入線してきた。平快車であるが濃青色の普通列車用の客車である。
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![]() ▲ 臺南站駅舎 (1996.4.30)
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台南−嘉義間61.5kmの沿線はやはり水田と畑が大部分で、窓を全開に客車鈍行を楽しむにはベストな線区である。 途中、隆田で復興號とB光號の追い抜きで長時間停車。そこでホームをぶらーっとする。隆田の駅舎は瓦屋根で構内の古い倉庫は廃線歩きでよくお目に掛かるタイプ。まさに昔の日本が残っている。 この区間は地図を観ながら沿線を楽しんだが、この辺りは台糖の専用線が網の目の様に走っており、この縦貫線と交叉する台糖線が数多く確認できた。しかし残念ながら列車はお目にかかれなかった。 また沿線には製糖工場も見えた。工場の敷地に高く積まれた茶色い山があり、その脇を列車が通ると癖のある甘い香りが漂ってきた。まぎれもなく黒砂糖の匂いである。あの山が黒砂糖の原料なのか後に残ったカスなのか分からないが、今まで見たことのない光景だけに驚ろかされた。 台南縣から嘉義縣に入った水上站付近に北回帰線が通っており、そこを通ったときはさすがに「思えば遠くに来たもんだ」と思った。 やがて広い構内を持つ嘉義站へ到着した。
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● 嘉義にて 嘉義は日本のお年寄りなら知っている地名かもしれない。戦前の甲子園大会での強豪、嘉義農林のある街である。また台灣有数の観光地、阿里山の玄関である。 改札を出るとタクシーの運チャンが阿里山へ行きそうな客を探している。構わずに阿里山森林鐵路の切符を買おうと駅舎内の窓口へ直行。さてガイドブックには一日一往復の阿里山線は人気が高く、前日位までに切符を手配しなくてはいけない、と書いていたので明日の車票を買おうと考えた。そこで駅舎内の時刻表を見るとなんか定期か不定期かよく分からない。おまけにガイドに載っていた阿里山線専用の窓口は板が打ちつけられ廃止状態。にっちもさっちも行かない。そこで服務台(いわゆる「案内所」みたいの)へ突撃。中国語は分からないが、とりあえず紙に「今天往阿里山列車有?」(「今天」は「今日」の意味)と書いたら駅員もすぐにわかり、「中午13:30」と書いてくれ売場の窓口を指差してくれた。なんとも漢字は有り難いが微妙に単語が違うのでそれを覚えて筆談すると効果的である。 このやり取りからどうも今日の列車は空席があるのでは、と思い窓口あたってみると取れた。そこで本日は予定を変更、急遽阿里山へ行くことにする。 2時間ばかり時間が余ったので駅前をうろつき昼食を済ませる。そして站の待合室で備え付けのTVを見ながら時間をつぶす。そのうち隣の方に大きな荷物を抱えた中年夫婦がやってきた。どうやら日本人らしく、声をかけると川崎からやってきたということ。とりあえず話しをしながら時間を潰す。この奥さんの台灣の感想は「あまりいいとこではありませんね」。確かに普通の日本人には台灣旅行はきついかもしれませんね。 発車20分位前になって改札を通り、阿里山線のホームへ向かう。なお改札は台鐵と共通である。
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● 阿里山森林鐵路 嘉義 1330発 阿里山 1710着 阿里山號特快 5 PC(DL) 373元 阿里山線のホームは嘉義站の北側端部にある。私が行くと列車はまだ入線していなかったが乗客は多数待っている。その中にいかにも鉄チャン、って感じの日本人二人連れがいる。そこで声を掛けてみると大学のサークルで一緒だったという先輩・後輩の組み合わせで、歳は私よりちょっと上であった。彼らは反時計回りで鉄道に乗り歩いているという。
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やがて赤色のディーゼル機関車が4両の客車を引っ張ってやってきた。そして乗り込む。762mm軌間なので車内はさすがに狭くシートは2・1の配列で、座席は一人席の方であった。車内には大井川鉄道との姉妹鉄道記念のプレートがついている。乗った車両は最後部。先程会った日本人達は前の車両に固まっており、こちらの車両はほとんど台灣の人。日本人は日本で事前に切符を手配しているパターンが多いからであろうか、台灣で切符を買えば必然的に周りは台灣の人になるわけだ。
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▲ 阿里山森林鐵路 阿里山號特快
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座席に荷物を置いてホームに降りた。するとなんか婆さんが近寄ってきた。中国語で何やら話している。どうも阿里山の宿を斡旋しているらしい。そのうちパンフレットを持ち出してきて、値段が「1,000元」と紙に書いてきた。確かに宿を決めなくてはいけないが、これは相場で考えても高すぎるので断る。なにやら中国語でしゃべくっていたが無視して婆さんから離れて列車の写真を撮る。 やがて列車は発車。機関車は後部についたままで、つまり推進運転である。ゴチャゴチャした街中を通り抜けまず北門站に到着。ここは阿里山線の車庫があり、構内には色々な車両がたむろしている。 北門をでてしばらく進むと急に乗っている客車の前の方で「ガチャン」という音がして列車は急停車。何事か!、と車内の客も興味深々。運転手と車長(車掌)が降りてきて連結部分を覗いている。乗客も数名車外へ出たので、それについていく。すると運転手が機関車からブレーキパイプを持ってきたところであった。そう、ブレーキパイプの継ぎ目がふっとんで非常停止したのである。しかし運転手も車長も、そして台灣人乗客も落ち着いたものである。日本人客だけは「無事阿里山につくのか?」なんて話している。しかしパイプのスペアがあるということは、こんな事故は日常茶飯事なのであろう。 列車は日本時代の駅舎の竹崎を過ぎると人家がまばらになり、いよいよ森林鉄道の雰囲気が強まってくる。 間もなく先程の婆さんが再び車内にやってきた。すぐさまこちらにやってくる。今度は700元と言ってきた。どのみち阿里山で宿を取らねばならないので決めようかと思ったが、もう少し粘った。その結果、500元まで値切ることに成功。名前は「美麗亞山荘」という宿。ちょっと実物を見ないと不安だが500元だからこの際よしとしよう。 やがて列車は有名なループ線に入る。外はまさにジャングル。明治39年に建設が始まり大正3年に阿里山まで我々日本人の手により開通したこの鉄道だが、初めてこの地に足を踏みいれた人達はこの光景を見て一体どのように感じただろうか? 獨立山と梨園寮の間に「熱帯林」と「暖帯林」の分界標が立っている(「暖帯」とは日本語では「亜熱帯」のこと)。 そして定刻より交力坪に約15分遅れで到着。ここは交換駅で対向列車が待っていた。站周辺は斜面だが民家が密集している。 さらに進んだ奮起湖は標高1,400m程のかなり大きい站で駅員も配置され車庫もある。登山のベースになる街らしく、站前には商店や旅社が立ち並んでいる。 奮起湖から先は時刻表では通過になっている。しかし各站周辺には民家が立ち並んでおり、駅舎もきちんとしていることから、乗客がいる場合だけ客扱いしているようだ。 やがて「暖帯林」から「温帯林」へ入る。この辺りになると山の景色も日本に近くなってくる。そして第一分道站へ到着。ここで列車は進行方向を変える。そこから坂を登ったところに第二分道があり、再び推進運転で坂を登り続ける。 二萬平では数名の客が下車した。ここには阿里山國民旅社(日本の国民宿舎のようなもの)があり、そこの宿泊客の様だ。 次の站は阿里山観光の大目玉の一つ、神木。ここもスイッチバック站で阿里山號は停車しない。再び列車は向きを変える。 次は終点の阿里山站。阿里山站はガイドブック等では阿里山新站とも書かれているが、今の站はかつてのスイッチバック・ポイントで阿里山旧站(現沼平站)は更に先にあった。車票の裏側の地図には阿里山站の位置が旧站になっている。
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● 阿里山にて 列車を降りるとホームは人であふれた。実は阿里山区域は「阿里山森林遊楽區門票券」なる券を買わなければ入ることが出来ず、改札出口手前で90元払い券を仕入れる。これは2日間有効で阿里山線で周遊するには丁度よい。 さてこの森林鐵路には2つの支線がある。祝山線と眠月線である。阿里山の一番の目玉は祝山の上から御来光を見ることで、日出時間に合わせて祝山線の列車が運行されている。站の表示を見ると明日は4:20発になっている。ガイドブックには祝山線の切符は前日列車で到着したらすぐに窓口で買った方がよい、と書いていたので嘉義站で会った鉄チャン2人組と一緒に行くと窓口は閉ざされている。さて困った、とそこに白髪の老人が。「どうしたの」と聞かれ事情を話すと中国語で中にいる職員と人と話しをしてくれた。で結局、「切符は明日の朝でいいって」と教えてくれた。この老人、家族で阿里山観光に来たようで小さな孫と一緒に歩いて行った。 阿里山站から長い階段を下ると商店が立ち並ぶ。そこで2人と別れ、本日の宿へ。宿はそこそこのつくりであったが部屋は狭く、トイレ・風呂は共同。500元まで値切って正解である。 夜は雨が降ってきた。その中商店を見て回り、夕食を取ってから早めに眠りについた。
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