幌萌鐵道管理局   自分に身近な鉄道のはなし 2001   LastUpDate : '01.7.25

 
初出: 埼玉大学鐵道研究会会報「空転防止」第45号(平成13年3月発行)

 休刊前最後となった「空転防止」第45号に寄稿した記事です。「自分に身近な鉄道のはなし」の題目は学生時代に多用していたものでした。

 

▲ 白馬方面に顔を見せるキハ181系
白馬大池−千国間にて ('00.2)

はじめに

 みなさま,お久し振りです。「空転防止」第36号以来4年半ぶりの寄稿となりました。この間私自身の身の回りも劇的に変化しましたが,埼大鐵研も激動の時を迎えていたのでしょう,「空転防止」も今回の第45号をもって休刊に至ることとなり大変残念な次第です。
 そこで最後の記念に私も寄稿してみることとしました。お題目は,これも最後の記念ということで,学生時代に多用していたもの。ネタが無い時に使っていたものですが…(笑)
 という訳で,最後にざっくばらんに書き綴ってみたいと思います。

T.この2000年度に歩いたところ

 学生時代や独身時代に比べて鉄道で出掛ける頻度は格段に減ってしまった。さらに信州という完全な車社会に住んでいるということもあり,鉄道は本当に縁遠い存在になってしまった。今では出張で新幹線に乗るのも楽しく感じてしまうほどである。
 それでも一般人に比べれば確実に鉄道に触れる機会を作っている訳で,暇とお金があれば日帰り旅行を中心に出掛けるように心掛けている。家族と一緒の場合が多いので,かつてのように一日中乗り回すなんてことは滅多にないが,30歳を越えた今,そんな旅もよかろう。
 ここでは今年度,歩き回って印象に残ったところについてご紹介してみたい。

(1)松本電鉄5000系

 “青ガエル”の愛称がついた東急5000系は東急から退役後,全国の地方私鉄に譲渡され活躍してきたが,車齢が高くなり非冷房ということもあり次第に引退が進んでいる。
 松本電鉄では昭和61年に昇圧と共に全車5000系に置き換えられた。以来15年働き続けてきたが平成12年7月19日限りで引退,元京王3000系に後任を託した。
 最終日は最後の運用である松本→新島島間に乗車してみたが,地方私鉄ということもあってか鉄道ファンの姿は少なかった。
 また8月5日〜10日までの6日間は新村−松本間を一日一往復の引退記念運転が行われ,これが本当に最後の運転となった。
 元東急5000系は長野電鉄,上田交通,松本電鉄と信州の全私鉄に投入されていたこともあり信州とは縁深い車両であったが,これも今では思い出話になってしまった。


▲5000系営業運転最終日
信濃荒井−渚間にて('00.7)


▲引退記念運転日の新村車庫にて ('00.8)

(2)小樽交通記念館

 この回の夏の北海道帰省で,なかなか訪れる機会に恵まれなかった小樽交通記念館に訪れることができた。ついでに手宮線の跡も歩いてきた。
 旧手宮駅跡に建てられた小樽交通記念館にはかつて北海道で活躍していた国鉄車両が保存されている。屋外には特急「北海」を掲げたキハ82とキシ80,急行「ちとせ」室蘭行きのキハ27・56,急行「らいでん」岩内行きのキハ22,その他ED76,C55,スハフ44等の旧型客車,DD51,DE15,DD13,その他ラッセル車や貨車等など。機関庫にはレールバスのキハ03,旧北炭から国鉄に渡った国産最古の蒸気機関車の大勝号など。本館内部には蒸機のしづか号が展示されている。
 屋外の車両のほとんどには家庭用冷房が完備しており,夏場でも快適に車内を見学できる。ただし室外機が屋外にある為,撮影には邪魔なところもあるが妥協するしかなかろう。
 小樽交通記念館は特に屋外車両展示が充実しており,とても満足度の高い博物館である。みなさまにもお勧めしたい。なお園内には新製蒸機列車の運転や子供用のミニ列車等遊戯施設もあり家族連れでも楽しめる。
 北海道の国鉄時代を知る鉄道ファンは久し振りに血が騒ぐ思いをするであろう。私も妻子を放り出して写真を撮り歩いてしまった。(笑) 本当にお勧めである。機会があれば是非どうぞ。


▲急行「ちとせ」編成のキハ27・56 ('00.8)


▲キハ82,C55,ED76-500が佇む ('00.8)

(3)ジャーニー八ヶ岳号

 2000年は“山梨デスティネーションキャンペーン”とやらでいろいろなイベントや臨時列車が企画された。そんな中,9月から10月にかけて小海線小淵沢−野辺山間で運行されたのが「ジャーニー八ヶ岳号」である。
 普段はイベント列車に出掛けることは滅多に無いのだが,自宅から近場であること,そしてこの辺りでは珍しい客車列車であることから訪れてみた。信州ホリデーパスも使うことができ,交通費としてはかなり安上がりであった。
 「ジャーニー八ヶ岳号」に使用されたのは50系展望車2両,牽引はDD16。客車はかつて五能線の「ノスタルジックビュートレイン」に使われていた車両で,塗装も当時のまま黄色と茶色であった。現在は第一線を引退しイベント車両として高崎区に居る。車体はかなり老朽化していて少々哀れだが,車内は昔と変わらず豪勢であった。
 今ではほぼ絶滅してしまった客車列車には久し振りに乗ったが,あの客車独特の乗り心地は汽車旅している気分にさせてくれる。


▲ジャーニー八ヶ岳号 清里駅にて ('00.9)


▲展望車は元ノスタルジックビュートレイン
 小淵沢駅にて ('00.9)

(4)黒部峡谷鉄道・北陸旧線

 最近は鐵研の仲間と一緒に歩く機会が激減してしまったのだが,昨年参加したのが唯一これ。
 能登・黒部・北陸旧線を訪れるとの後輩の発案。当初は松本から日帰りで北陸旧線のみ参加する予定であったのだが,折角の貴重な機会であるので家族を説得し一泊二日で黒部峡谷鉄道から参加した。
 ちょうど紅葉シーズンということもあり黒部峡谷鉄道宇奈月駅は長蛇の列。これにはかなり驚いた。幸いにも余裕を持って切符を買う計画だった為,無事乗車券をゲット。その後,他のメンバー3名と合流した。そして夕方の便で終点欅平まで行き,折返し鐘釣にて下車。それにしても寒かった。
 この日の宿は鐘釣温泉旅館。浴場は河原の露天風呂でこれが凄かった。まさにワイルド! 実際に行った人にしかわかるまい。夜はひたすら飲み続け翌朝は二日酔いでひどい目に遭った。
 翌日は鐘釣から宇奈月に戻り,富山地鉄沿線を歩いて2名と別れ,残った2名で市振−親不知間の北陸旧線を歩いた。親不知トンネルなんかはとても凄かった…装備不十分で満足に歩けなかったので再チャレンジ要。
 その後大糸線の根知駅で後輩と別れた。久々に学生に戻った気分で楽しいひとときであった。


▲黒部峡谷鉄道鐘釣駅にて ('00.10)


▲旧北陸本線親不知トンネルにて ('00.10)

(5)旧尾小屋鉄道動態保存

 ちょうどむつめ祭の鐵研の飲み会が行われていた時,私は粟津温泉に居た。ちょっとした家族サービスを兼ねて知り合い達と一緒に温泉で宴会を楽しんでいた。鐵研の今後を決める飲み会に参加できない後ろめたさはあったが・・・。
 さてその翌日,粟津駅裏手にある石川県立小松児童会館を訪れてみた。ここには昭和52年に廃止となった尾小屋鉄道が動態保存されている。運転日と時刻は火(15:30),木(15:30),土(14:00/15:30),日(11:00/14:00/15:30),運賃は無料。
 児童会館の施設であるので乗客のほとんどがチビッ子達。わいわいきゃーきゃーと賑やかな車内ではあったが,ナローゲージの気動車は健在で元気に走っていた。園内には約500mの線路が敷かれており,往復するだけであるがかなり本格的な鉄道だ。動態保存されているキハ1は正面切妻の改修を受けているが,車内は当時の雰囲気を色濃く残しており,在りし日の尾小屋鉄道の様子が思い浮かばれる。
 保存車両はこの他ディーゼル機関車と客車であるが,滅多には動かない様子。
 是非とも粟津に立ち寄った際は訪れて欲しい。


▲車庫から出てきたキハ1 ('00.11)


▲ホームに佇むキハ1 ('00.11)

(6)北海道キハ56

 北海道合宿の多かった埼大鐵研のみなさんには大変お馴染みであったであろう北海道の急行型気動車キハ56が今年度限り,この3月で現役を引退することになった。そしてこの年末年始にかけて札幌から日高本線直通の臨時快速「優駿浪漫」号にて運用に入ったので,最後の記念に1月8日に札幌→静内間を乗車してみた。
 当日運用に入ったのはキハ56 202と206の2両。札幌−苫小牧間が臨時快速,苫小牧−様似間は日高本線の定期普通列車として運転された。
 キハ56に乗ったのは1996年の深名線廃止以来であったが,やはり乗っていてしっくりと来る。これまで随分とお世話になったからであろう。
 1エンジンのキハ27は既に引退しており,今回キハ56の引退で北の大地を駆け周ってきた急行型気動車は完全消滅となる。寂しい限りだ。
 個人的にはかつての室蘭本線の急行「ちとせ」「すずらん」の印象が非常に強い。身近な優等列車であったキハ27と56は私の鉄道趣味の原点でもある。これまでの頑張りを労ってあげたい気分だ。


▲苗穂より札幌駅に進入するキハ56 ('01.1)


▲日高本線鵡川駅にて ('01.1)

(7)下北交通大畑線

 平成に入って一段落したと思ったのだが,最近再び鉄道路線の廃止話が多くなった感がある。その中でも一度は生き延びることのできた国鉄からの転換路線の廃止は別格ではないだろうか。
 本年3月31日に廃止になる下北交通大畑線もその一つである。そもそも第一次地方交通線であり廃止は必至だった路線である。それが南部縦貫鉄道が食指を延ばしてきた故,経営基盤を防衛する為に当時の下北バス(現・下北交通)が大畑線を引き取った経緯がある。素人目に見てお気の毒様だ。その後,様々な経営施策により収支改善を図ったものの万策尽きたと言うところだろうか。
 大畑線にはキハ85と呼ばれる気動車が3両在籍する。元は国鉄キハ22であり,道産子の私にとっては忘れられない,そして趣味的に絶対に欠かせない車両だ。今やこのキハ22が第一線で働いているのは大畑線くらいである。改造によりトイレやデッキは撤去されてしまったが,座席や通路には往年の姿が残っている。扇風機にはJNRマークのカバーが掛けられており感激物である。
 さすがに最後とあって私も3月10日・11日と大金を叩いて下北交通を訪れ,お別れしてきた。全部で2往復し,写真も撮りまくりキハ22を堪能してきた。こちらにもご苦労様と声を掛けてあげたい。


▲大畑駅にて ('01.3)


▲樺山−陸奥関根間にて ('01.3)


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