幌萌鐵道管理局   山形新幹線開業レポート
 
初出: 埼玉大学鐵道研究会会報「空転防止」第28号(平成4年7月28日発行)

 大学4年の時に寄稿した記事の一つ。上野発最終特急「つばさ」で山形に向かい,山形新幹線の開業日に東京へ戻ったのですが,その開業日の様子です。初めての新在直通の実現ということで注目を集めた山形新幹線開業でしたが,今では順調に成長し新庄まで延長されました。開業当初は車両不良や踏切障害があり随分と問題になりましたが,いつの間にか聞かなくなりましたね・・・

 
 平成4年7月1日、山形新幹線が開業した。これに合わせ当鐵研ではN氏と私の2名が開業日に乗車してきたので報告する。

 山形新幹線開業日の指定券は6月1日に発売となった。が、一番列車の入手はほとんど宝くじに当たるようなもので、北浦和駅では10時の時報と同時にマルスの送信ボタンを押したものの全滅。代替列車の指定券が取れたのは私のみで「つばさ118号」を入手した。N氏は「つばさ100号」を入手した。(2者とも上り)

 さて開業当日、山形駅は従来の駅舎から新たに橋上駅へ移動した。なお、駅舎は本舎以外はまだ工事中である。山形新幹線は専用のホームから発着している。  新幹線改札がホームの入り口に設けられており、その手前でJR社員がさくらんぼを配っていた。また始発列車の乗客には記念品が配布された模様である。

 山形駅の開業一番列車は6時21分、「つばさ112号」であった。私は前日、羽前中山で駅ネしたため、この駅で開業一番列車を迎えた。駅には保線区員も居合わせ全員ホームに出て通過を見守った。

 一方、東京発の一番列車「つばさ111号」は山形駅に9時10分、定刻より3分遅れで到着した。そして山形駅では太鼓に花笠音頭での大歓迎式典。おまけにマスコミのヘリコプターを使ってまでの大取材。これは「すげー」の一言に尽きる。


▲ 山形新幹線開業一番列車「つばさ112号」
奥羽本線羽前中山駅にて('94.7.1)

 さて、今度は自分が乗る番になり「つばさ118号」に乗車。快適に走りはじめる。車内では係員が子供だましとしか思えないようなボールペンを配って歩いた。

 そしてはじめに、かみのやま温泉に停車。ホームではミスかみのやまとかいうお姉さんがいたりして結構盛り上がっていた。そんで、次に赤湯に到着。駅に進入していくと何か騒々しい。窓の外を見ると、なんとホームに旗を振ったあふれんばかりの人人人・・・。ハッキリ言って爆笑もんである。列車の両側に人がいるもんだから乗客の方がはずかしがってしまった。町挙げて歓迎するとは凄い。
 次の高畠では幼稚園生主体のお出迎え。さっきのに比べてめんこかったです。
 次の米沢では、、、、これも凄かった。停車したとたん、幼稚園生の鼓笛隊が演奏開始。ホームにはまたまた人がたくさん。駅の旅行センターの所長まで引っ張り出しての人員整理であった。
 これを過ぎてやっと落ち着く。そして静かに板谷峠に入る。あの板谷峠にこんな400系が走っているなんて何か信じられなかった。

 そして福島駅が見えてくると出番のなくなったEF71を横目に東北新幹線への連絡線を渡り福島駅へ進入。在来線から新幹線への進入は乗っていてやはり違和感を覚えると同時に、「すごいものができたもんだ」とも思わせてくれる。
 福島駅で東北新幹線に連結した後はいつもの新幹線と全く同じ。見慣れた景色の中、一路東京を目指した。

 以上、山形新幹線(あくまでも愛称よね)開業日の様子について大ざっぱに述べた。山形新幹線は現在よく問題が取りざたされているが、大部分はマスコミの無知によるもので、こんなものであると思っている(踏切に入る奴が悪い)。
 山形新幹線は地元の強い願いから実現されたが、はたしてこうまでして作る必要があったのだろうか? その答はこれから見えてくるだろう。
 なお、この開業と引き換えに在来線特急「つばさ」が消えて行った事をつけ加えておく。


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