幌萌鐵道管理局   関東鉄道 −「気動車王国」の現状
 
3.常総線について

 常総線は常磐線取手駅から水戸線下館駅までを結ぶ全長51.1kmの路線である。このうち取手−水海道間は複線化されており東京通勤圏になっている。これに対し水海道以北の区間は単線で列車も1時間に1本位しか走らないローカル線である。沿線は畑・水田が主で,駅近くになって突然住宅地が開けてくる。車庫,機関区は水海道にある。それではいろいろな面からみてみよう。

 まず常総線の駅から話を始める。常総線には24の駅がある。駅の一覧は下のようになる。

駅名無人駅区間キロ数累積キロ数所在地交換設備
取手とりで 取手市
西取手にしとりで 1.61.6 取手市
寺原てらはら 0.52.1 取手市
新取手しんとりで 1.33.4 取手市
稲戸井いなとい 2.05.4 取手市
戸頭とがしら 0.96.3 取手市
南守谷みなみもりや 1.17.4 守谷町
守谷もりや 2.29.6 守谷町
新守谷しんもりや 1.811.4 守谷町
小絹こきぬ 1.613.0 谷和原村
水海道みつかいどう 4.517.5 水海道市
北水海道きたみつかいどう 1.819.3 水海道市×
中妻なかつま 1.620.9 水海道市
三妻みつま 3.023.9 水海道市
南石下みなみいしげ 3.327.2 石下町×
石下いしげ 1.628.8 石下町
玉村たまむら 2.231.0 石下町×
宗道そうどう 2.033.0 千代川村
下妻しもつま 3.136.1 下妻市
大宝だいほう 2.638.7 下妻市×
勝波ノ江とばのえ 2.341.0 下妻市
黒子くろご 2.643.6 関城町
太田郷おおたごう 3.747.3 下館市
下館しもだて 3.851.1 下館市

取手
 常磐線との接続駅。かつてはJR(国鉄)と改札が同じだったが,3年ほど前,駅ビル(西口)の完成とともに関鉄専用の改札ができた。朝は通勤客が多い為直接JR線に乗りかえられる連絡通路ができる。ホームに駅そばあり。
西取手
 駅周辺は関鉄ニュータウンで高架の駅である。小さい時の記憶では駅の周りは空地しかなかったが,さすがに今では住宅地である。
戸頭
 公団戸頭団地の北側に位置し,乗降客が多い。
南守谷
 常総ニュータウンの玄関口。この駅舎は車両には似合わなくきれいである。昔は確かオンボロだったのだが。
守谷
 守谷町の中心地にある駅。けど街自体が小さいので大した事はない。
新守谷
 この駅は常総線内では一番新しくできた駅(10年ほど前)で駅舎が地方私鉄のものとは思えないほど奇抜である。常磐道谷和原ICの目の前に位置し,駅周辺は現在開発が進んでいる。
小絹
 かつてはほんの小さな駅であったが次第に周辺が住宅地となってきた。今年になって駅舎が新しく建て替えられた。
水海道
 常総線中心の駅。水海道機関区があり構内には気動車がたむろしている。駅前も開けている。
石下
 石下町中心の駅。ちなみに私は石下町の病院で生まれた。10月現在駅舎を改築していた。
下妻
 町は意外と大きいはずなのだが駅前は貧弱で下妻一高があるくらいだ。
太田郷
 かつての鬼怒川支線の分岐駅。その名残が構内に見られる。
下館
 水戸線,真岡鐵道との接続駅。下館駅には北口・南口の二つに駅舎があるが北口はJR,南口は関鉄に所属している。常総線とJR線の渡り線はここのみである。JR口では関鉄の切符は窓口売り(硬券ではない)である。

ダイヤについて

 常総線の列車は水海道を境として大きく変わる。列車数を見ると取手−水海道間61往復(取手−新守谷区間運転1往復を含む)に対し水海道−下館間は下妻止まりを含めて26.5往復となっている。列車は原則として水海道に入庫するが,4本は下妻に駐泊する。常総線には127番までの列車が設定されているが忌み数字の42列車は存在しない。

 【取手−水海道間】
 常総線では今年3月のJRダイヤ改正にあわせてダイヤ改正を行ない,取手駅での常磐線快速電車との接続改善を図った。これにより取手駅ではお互いにスムーズに乗換ができるようになった。
 さて列車についてだが朝6時から9時までは上り下りとも毎時4,5本の運転であり,車両は普通4両編成となり通勤通学客の輸送に努めている。日中は毎時3本の割合では知っており編成も2,3両となっている。夕方は下りは18,19時に毎時4本となっている。その後も毎時3本のペースで運転され終列車は23時台となっている。
 朝の車内はさすがに混んでいるが日中は取手−守谷間(特に取手市内)の利用者が多く,水海道−守谷間は空いているのがほとんどである。列車の速度は駅間が短いためか,とても遅い。この遅さは常磐線快速から乗り継いだとき特に感じられる。

 【水海道−下館間】
 前にも述べたように水海道以北は列車本数が激減し,日中は毎時1本の割合になっている。下館便は原則として取手直通となっておりその例外は朝の水海道・下妻出庫便のみである。上り下りと朝は増発されておりそれぞれ6〜9時,17〜19時にかけて毎時2本程度になる。夕方から夜にかけて下妻−取手便が数本運行され,4本の列車が下妻に駐泊する。この区間の夜は早く下館便は22時前後でなくなる。利用者は列車本数の割には意外とあり,水海道以南に比べ長距離の利用者が多いように思える。ここは駅間距離が相当あり,また運行本数も少なく特に面白いものも無い為,切符収集等の目的で下車するにはある程度暇である事をかくごしなくてはならない。

車両について

 「関東鉄道」といえばやはり『気動車王国』という言葉が浮かんでくるが常総線では最近車両の交代が激しく,5年前の昭和60年には17形式あったものが現在では9形式となり形式の統一化が進められ,ほぼ全車通勤車両となった(但し車両数の方はDCにおいては41両から46両と増えている)。そこでここでは現在在籍している車両について述べてみる。

キハ0形(001−008:8両:片運転台)

 常総線では最も新しい車両。昭和57年から順次導入された。車歴上は新製になっているが,実際は国鉄キハ20系の下回りを流用したもので新製したのは車体のみである。編成は奇数・偶数の2両で1編成(取手側が偶数車)になっており固定連結器で連結されている。主にラッシュ時の運転に運用されている。前面貫通扉の真上に方向幕がついており,関鉄の車両では唯一前照灯が窓の下にある。側面は両開きの扉が3つある。なかなか通勤車両らしい車両である。


▲ キハ004 水海道にて

キハ310形(311−318:8両:片運転台)

 この車両は国鉄キハ17形の下回りを流用したもので,車体は新製した車両でありキハ0形と似た経歴であるが改造車となっている。この車両も奇数・偶数の2両(取手側が偶数車)で編成を組んでいる。昭和52年から53年にかけて導入された。側面はキハ0形とさほど変わりないが雨樋と扉の窓に多少の違いがある。前面の形態はキハ0系と似ているがこれは現在鹿島鉄道にあるキハ600形から続いているものであり,関東鉄道の標準形といえるだろう。前照灯はシールドビームで貫通扉の真上にある。これも通勤車両という感じのする車両であるがキハ0形に比べて見劣りする。外観はシンプルでよい。


▲ キハ316 水海道にて

キハ500形(501,502:2両:両運転台)

 この車両はちょっと面白い経歴を持つ。常総筑波鉄道が昭和34年に新製したものであるが,501〜505の5両あり筑波線に投入されたが直ちに501・502と504・505が互いに車番を入れ替えた。そして昭和38年,501・502は常総線に移籍された。なお筑波線に残ったもののうち504・505は空気バネ台車をはき,これが後にキハ800形・キハ900形に採用された。この車両は当時画期的なものであり,ステップが廃止され初めての統括制御車であった。さて車体は日車標準体でまるっこいイメージを受ける。側面の扉は片開きで2つである。新製時はセミクロスシートだったが常総線に移籍したこの2両はロングシート化された。私の好きな車両の一つである。
 なお筑波鉄道の503〜505は筑波鉄道廃止後再度利用する為に水海道機関区に運ばれたが痛みが激しいため廃車になってしまった。もし全車常総線に転出していたら現在も現役で働いていただろうと思うとなにかもったいない気もする。

キハ800形(801−805:5両:両運転台)

 この車両は昭和36年に常総筑波鉄道が新製したものであるが,日車標準形のためキハ500形にそっくりである。車長がキハ500に比べ2m延び20mになった。登場時は801〜803が常総線,804・805が筑波線に投入されたが,昭和39年全車常総線に配置となった。シートは当初はセミクロスだったがロングシートに改造された。さすがに2扉車のロングシートは長い。この車両も空気バネであるが実際に乗ってみると揺れがひどく古さを感じさせる。現在も稼働率が高く第一線で働いている。なお同型車に片上鉄道のキハ800形,小坂精練のキハ2100形がある。なお804・805は筑波線の時代に水戸線乗り入れを経験している。


▲ キハ804 水海道にて

キハ900形(901・902:2両:片運転台)

 この車両は常総筑波鉄道最後の新製車で昭和38年にできた。従来の車両とは異なり片開きの3扉車である。前面形状は国鉄キハ30系の影響を受けて似ているが,側面はキハ800形を3扉にしたものであるといえる。運転台は901が下館側,902が取手側を向いており,通常2両で編成を組んでいる。


▲ キハ901 水海道にて

キハ35形(351〜3517:17両:片運転台)

 現在最も常総線で勢力を持ってきた国鉄のキハ35である。これらの為に関鉄名物の多くの車両が廃車となった。昭和62年より国鉄清算事業団からキハ30とともに購入され,水海道機関区で多少の改造の後順次投入されてきた。改造されたのは主にステップの廃止,シートの更新,便所の撤去である。運転台は奇数車が下館側,偶数車が取手側についている。なおこの車両の投入とともに新塗装化が進められた。


▲ キハ3517 水海道にて

キハ30形(301〜304:4両:両運転台)

 キハ30形は4両であるが,このうち301〜303はキハ35形と同様,国鉄清算事業団から購入されたものである。一方304は筑波鉄道廃止後,常総線に移ってきたものである。

DD502形(502:1両:機関車)

 これは常総線唯一のディーゼル機関車である。昭和31年に常総線に投入されて以来34年間常総線に在籍している。このDLはセミセンターキャブでエンジンは1基である。塗装は濃い茶色で車体は丸みを帯びているが正面から見ると難い感じがする。常総線は昭和49年に貨物輸送を廃止した為活躍の場を失ったが昭和50年代の取手−水海道間の複線化工事にはフル稼動した。その後大した仕事もなく最近動いたのは試運転以外では昭和62・63年のキハ30・35の搬入くらいである。
 子供の頃,このDLはたいへん珍しく本線上に出てきたのを見たのはほんの数回しかない。従って小学3年生の時の写生会は水海道機関区だったのだが,車庫の中にあったこのDD502を描いたのは言うまでもない。

トキ250形(252,253:2両:貨車)

 取手−水海道間の複線化工事の時,DD502とともに活躍した貨車である。これは昭和57年,秩父鉄道より5両譲受した。しかし工事終了後使わなくなった為3両が廃止となった。残った2両も守谷駅構内で腐りつつある。

その他の車両

 保線関係の車両と思われる小型DL2両を10月に下妻駅で目撃した。うち1両はJNRマークのついた専用線用DLであった。いろいろな資料を見ても載っていないので詳細はわからないが常総線は貨物営業が無いので他社のものではなく関鉄のものであろう。

廃車になった車両について

 初めにも述べたようにこの5年間に形式の統一化が進んだ。この間消滅した形式は,湘南形の顔をしたキハ703形・キハ704形・キハ720形,関東鉄道の今に続く前面形状の元祖のキハ610形,元南海電鉄で私鉄唯一の4扉DCだったキハ755形,雄別鉄道から来た道産子のキハ813形,常総筑波鉄道が特急「しもだて」用に作ったキハ700形,元小田急のキハ751・キハ753形,国鉄キハ07形が種車とは思えないキハ550形の10形式である。それぞれ個性的な車両ばかりであった。
 廃車になったのは残念ではあるが輸送力向上や車両の老朽化を考えれば仕方の無いことである。この次は車齢も古く2扉車のキハ500形・キハ800形の廃車が予想されるが,まだ先のことになるだろう。

新塗装について

 関東鉄道は長い間クリーム色とオレンジ色のツートンカラーの塗装であったが,イメージ刷新を狙ってか昭和62年から新塗装化を進めた。
 新塗装は白地にオレンジ色の太い帯が入り,その下に黒い細帯がついていてアクセントになっている。この塗装については意見の分れるところだが私はシンプルで落ち着いており良いと思う。新塗装化は現在完了し,あのツートンカラーは見られなくなった。


▲ ツートンカラー時代のキハ313
取手駅にて (S62.9)


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